Osteria Nakamura

 

☆Vol.5 スローフード

  ナカムラにいらっしゃるお客さまの中には、実際にイタリアをご旅行された方も、これからイタリアに行かれる方も、たくさんいらっしゃいます。明日から数年間イタリアで料理の修業をしてくるという青年が1人で立ち寄って、シェフをはじめみんなで激励、なんてこともありました。
  ひと昔前になりますが、まだイタリアの通貨がユーロではなく「イタリアンリラ」だった頃は、イタリアの、特に観光地で出されるイタリア料理が美味しくないというので、イタリアでも少し問題になっていました。観光客はおいしいイタリア料理を求めているのに、出てくるのは大量に作り置きしたパスタだったり、おざなりなアンティパスト(前菜)だったり。世界中の人々が自国アレンジのパスタやピッツァを食べている時代に、本家本元のイタリアが「???」な味ではやはり悲しい。
  当時、バックパックでイタリアを各地転々と旅しながら(直行シェフもイタリアで修行していた頃なので、どこかでニアミスしていたかも!!)、イタリア人の手を通して造られたものの美しさと物価の安さに感動する毎日を味わっていた者としては、美味しいイタリア料理を出す「普通」のお店がなかなかないので、閉口したものでした。
  ある日のこと、小さな街のバールで一息ついていると、隣のテーブルに大柄なイタリア人の男性が座り、こちらをしばらくじろじろ眺めまわした挙句に「お前は日本人か?」と尋ねてきました。何となく嫌な予感がしたものの、しかたなしにそうだと答えると、その男性はやおら向き直って、「日本はなぜあんなに物価が高いのか?」とほとんどケンカ腰で言うのです。その男性が言うのには、その方の奥さまが日本人で数週間日本に滞在してきたばかりだとのこと。「コーヒーがコーヒーの味もしないのにイタリアの4倍の値段がする。レストランに入れば、鳥が食べるかというような少しの料理がやはりイタリアの4倍もする。お前ら日本人はクレージーだ」とのたまう。
  今だったら売られたけんかは買わなきゃで、日本人は普通に暮らしてるよ、第一こっちは象みたいな胃袋じゃないんでね、なんてタンカのひとつもきるのですが(?!)、当時はどうやら言っているうちにだんだん思い出して本当に腹が立ってきたらしいイタリア親父の剣幕に押され、なんで自分が日本を代表して責められなきゃいけないのかもわからず、悔しいがどう言い返していいかもわからずに、そんなに高くないと思うとかなんとかもごもご言って、憤然と席を立つのが精一杯。後から、こう言ってやればよかったなどと思ってずいぶんくやしい思いをしました。「あんなまずいパスタを出してる方がよっぽどクレージーじゃない、偉そうに!!」と。
  あとで気がついたのですが、日本人がイタリアで物価を安いと感じるのとイタリア人が日本で物価を高いと感じるのとは同じことの表裏。経済が安定しないと人の生活も、心も、安定しませんよね。当時はヨーロッパも格差社会で、庶民的な生活は何となく雑な印象でした。
  時代はユーロになり、今は日本人がヨーロッパで、何を見ても「物価が高い、高い」と言う日々です。すっかりお株を奪われてしまいました。でも、そのかわりといってはなんですが、「スローフード運動」なるものは着々と人々の心にマンマの味をよみがえらせ、今は、特別に高級なリストランテに行かなくても、観光地の普通のバールでも、「ちゃんとした」パスタやリゾットが食べられる時代になりました。気持ち、イタリア人の生活も何となく落ち着いてゆとりがあるように見えるのは気のせいでしょうか。良い素材を使い、手をかけてていねいに作られた料理を親しい人と味わう幸せと、その幸せが与えてくれる活力は世界共通。オステリアナカムラのお客さまはご存知ですよね。

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